大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(む)1270号 決定 1983年11月30日

被告人 甲野一郎

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立の趣旨及びその理由の要旨は、別紙(一)記載のとおりである。

二  そこで検討すると、一件記録及び当裁判所の事実の取調の結果によれば、別紙(二)記載のとおり、本件準抗告の申立は理由がないと認められるので、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 松本時夫 佐藤學 鎌田豊彦)

別紙(一)

一 申立の趣旨

「原裁判を取消す。本件勾留請求を却下する」との裁判を求める。

二 申立の理由の要旨

被告人は、昭和五八年一一月二六日に起訴され、同日、本件公訴事実について勾留されたが、検察官は、被告人が満一八才の少年であるにもかかわらず、本件公訴提起にあたつて少年法に定められた手続を履践していないから、本件公訴提起の手続は少年法四二条等に違反する無効なものであつて、刑訴法三三八条四号により本件公訴は棄却さるべきものであるところ、このような公訴提起の過誤を看過して被告人を勾留することは許されないから、その取消しを求める。

別紙(二)

一 一件記録及び事実の取調の結果によると、次のような事実が認められる。すなわち、

1 被告人は、昭和五八年一一月二六日、兇器準備集合及び公務執行妨害の罪により東京地方裁判所に公訴を提起され、原裁判官が同日本件各公訴事実について勾留状を発付したこと

2 本件起訴状における被告人の表示は、「氏名不詳(月島警察署留置六号)、別添写真の男」とあるのみで、被告人の写真が添付されているほかは、生年月日は不詳、本籍と、住居及び職業も不詳と表示されていたこと

3 被告人は、同月六日公務執行妨害の罪を犯した疑いで現行犯逮捕され、同月九日右被疑事実について勾留されたが、逮捕当初から捜査機関に対し氏名、年令、住居などすべてについて完全黙秘を続け、(勾留質問においても身許を一切明かさなかつた)、検察官としては本件公訴提起に至るまで、指紋照会その他いかなる方法によつても被告人の身許を確認することができなかつたこと

4 被告人については、外見上、若年であることは窺われるものの、身体的には成人とみられるだけの成長を遂げ、外見だけから満二〇才以下かどうか判定することは一般人にとつて困難であり、結局、検察官は被告人が成人に達しているものと判断し、右被疑事実や本件各公訴事実について少年法四二条に基づいて家庭裁判所に送致の手続をとることはせず、したがつて、家庭裁判所から本件各公訴事実について少年法二〇条により検察官に送致する決定を経たりしていないこと

5 なお、検察官は、本件公訴提起に伴い、勾留中求令状の措置をとり、原裁判官から勾留状が発付されると、右被疑事件については釈放の措置をとつたものであるが、原裁判官の勾留質問に対しても、被告人は氏名、年令等についてなお黙秘を続けていたこと

6 その後検察官においても被告人の身許が判明し、被告人は東京都中央区築地二丁目一八番地に本籍を有する森田一成であつて、その生年月日は昭和四〇年七月二七日であることが明らかになつたこと

などの事実が認められる。

二 してみると、右のように被告人が本件公訴提起当時満一八歳の少年であり、かつ、本件各公訴事実について、家庭裁判所の少年法二〇条に基づく逆送決定を経ていないと認められる以上は、本件公訴の提起はその手続が規定に違反して無効というほかなく、したがつて刑訴法三三八条四号により判決で本件公訴は棄却さるべきものということになる。

しかしながら、本件公訴提起の手続が無効であることが判明したのは、まさに現時点においてであり、本件公訴提起の際には、起訴した検察官は被告人が少年であることを知らず、また、これを知る方法もなく、起訴状における被告人の表示も少年であることは示しておらず、その意味で本件公訴提起に家庭裁判所を経由していないという違法のあつたことは、いわば隠れた瑕疵であつたことが明らかである。更に原裁判官も、勾留質問においても被告人が氏名、年齢等を黙秘したため少年であることを知ることができず、その際調べることのできた資料によつては被告人を成人と認めるほかなかつたのであるから、勾留の理由と必要性があると認めた以上、本件について勾留状を発付することは当然であり、そこになんら咎められる点はなかつたものと認められる。すなわち、本件勾留状の発付は、発付の時点において手続的になんら違法のなかつたことが明らかである。

そこで、本件公訴提起が無効であることが判明した現時点において、本件勾留が事後に違法なものとなつたかどうか考えてみるに、法は刑訴法三四五条において、三三八条四号により公訴棄却の判決があつた場合にはその告知によつて直ちに勾留状がその効力を失うものではないと規定し、公訴提起の手続が違法であるということは勾留の効力に直ちに影響するものでないことを前提に、公訴棄却の判決があつてもその後手続を補正して刑事手続を進めるにあたり身柄を確保しておく必要のあるときはそのまま拘束状態を解かないでもよいものとしている。そして、本件の場合も、公訴の提起が起訴の時点ではそれ自体として咎められるべきものではなかつたにかかわらず、その後少年であることが判明したため公訴提起の手続が違法であつたことが明らかとなつたというものであり、右の法の趣旨に照らせば、本件勾留は、本件公訴提起の手続が無効であることが判明してもそれによつて直ちに影響を受けるものではなく、勾留の理由及び必要性のある限り、公訴棄却の判決確定までその効力を失わないものと認められる。

三 一件記録によれば、原裁判時において、本件公訴事実について被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、本件事案の性質や被告人の氏名すら判明しなかつたという状況等に照らし、刑訴法六〇条一項一号、二号及び三号に掲げる理由のあつたことも明らかである。なお、現時点においても、被告人の氏名、住居等は判明したものの、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由はあり、かつ、本件事案の性質やこれまで被告人が自らの氏名等の黙秘を続けて来たことなどから、同条一項二号及び三号に掲げる理由のあることも肯認できる。また、今後刑事手続を進めていくうえで被告人の身柄を確保しておく必要のあることも認められる。

四 以上の次第で、被告人を勾留した原裁判は適法かつ正当であり、弁護人の主張にはその理由がないので、本件準抗告の申立を棄却することとする。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例